IPPO 3

IPPO 3

集英社 2014.12.24(ヤングジャンプコミックス YJCジャンプ改) ISBN978-4-08-890172-5 試し読み
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一条歩。腕は確か。されど若造。加えて、少し天然。

東京の靴工房・IPPOの若店主・一条歩(いちじょう・あゆむ)は23歳。12歳から靴職人として暮らしたフィレンツェに久しぶりに帰ってきた。古巣の仲間が盛り上がる中、昔なじみの客もやってきて──? 腕は確か、されど若造。靴職人青年・歩の本格手仕事ストーリー。


■初出誌:「ジャンプ改」
Episodio.12(28p)…2014年1月号 2013.12.10 p3~5(カラー),7~31
Episodio.13(28p)…2014年3月号 2014.2.10 p297~324
Episodio.14(28p)…2014年5月号 2014.4.10 p75~102
Episodio.15(28p)…2014年7月号 2014.6.10 p285~312
Episodio.16(28p)…2014年9月号 2014.8.9 p389~416
Episodio.17(28p)…2014年11月号 2014.10.10 p301~328

装丁デザインの雰囲気が一巻から変わらない色調で、暖かさの中にも、清潔感があって素敵です。
歩が職人として育ったフィレンツェに戻ってきた、丸ごと一冊「フィレンツェ編」です。前回、半分騙されたような形で日本からイタリアに呼び戻された歩ですが、すぐには帰国できず、しばらくフィレンツェで仕事をすることになりました。

Episodio.12
パンクファッションの御曹司が招待された結婚式に行くための靴を作るお話です。今回からニーナという歩より若い“はとこ”の女の子が登場します。感情表現がはっきりとした、気が強く現実的で頭の良い女の子で、私は好きです。画面が華やかになります。パンクファッションのアイコンにもなった8ホールのゴム底ブーツの話が出てきます。私はパンクの靴というだけしか知りませんでしたが、主婦も履いていたと聞いて、何故か納得です。

Episodio.13
ジェルリーニで働く日本女性の職人のお話。日本の女の子はもちろん強い人も増えてきましたが、まだまだイタリア女性の平均に比べたらおとなしく従順。それがどこかで壊れて自分のやりたいことをするために海外に飛び出して行く話も、私の周囲ではわりあい聞く話です。さすがに靴職人は知りませんが…。このお話の最後に出てきた「ほっかほかのはき心地」がすごくいいなと思ってつぶやいたら、えすとえむ先生ご本人からreplyいただきました。

Episodio.14
かつてその依頼で2足つくった縁のある義足の女性、足立結がフィレンツェにやってきます。ヌメ革の靴を依頼された歩は結をつれてトスカーナのアルノ川周辺にある、なめし工場へと向かいます。頑固職人を絵に描いたような、なめし革職人を相手に堂々と渡り合います。手をかければ良いものが出来るとは限らない。手をかけているのだから、という自己満足で終わらずに大切なのは結果、製品そのものであるというお話なのですが、歩自身への自戒のようなものがこめられていて、職人の世界は深いなと思います。

Episodio.15
歩は染谷陽子から男性にしては小さい手をしていると指摘されます。靴職人としてはメリットもあって、女性職人が主な担い手であるハンドソーン・マッケイという製法で靴をつくることが出来ることです。ハンドソーン・マッケイ、ハンドソーン・ウェルト(もしくはウェルテッド)製法についてはネットで調べてみました。どんなに素晴らしい技術であっても、博物館に飾るように扱われては意味がない。そこに需要がないとならない。日用品をつくる技術をテーマにした作品にとっては重要なお話です。

Episodio.16
名門ジェルリーニが新たに歩む一歩は意外にも「ファクトリーメイド」でした。手で靴をつくるブランドのジェルリーニが何故今更機械を使うのか、最初は懐疑的な歩でしたが、実際に工場を見学するとその見方も変わっていきます。それでもやはり自分の支えを失ってしまったかのような不安を祖父のフィリッポに告げますが、さすがにそこは歩の師匠ですね。学ぶべき相手が側にいた方がまだ良いのでは?とも思いますが、やはり日本に帰らねば。

Episodio.17
フィレンツェ最後の日。歩は捜し物があるようです。木型(ラスト)をつくってみたいですね。最近では3Dスキャナから木型をつくる技術も開発されたようです。3Dコピーで木型をつくったりも出来るようになるのでしょう。このエピソードは後々につながっていくのではないかと思います。

この前のお話は「IPPO 1」「IPPO 2」へ。
続きは「IPPO 4」「IPPO 5」へ。


えすとえむ×やまだないと「旅とマンガと」 ―「IPPO」3巻刊行記念(詳細
日時:2014年12月21日(日)19:00~21:00
場所:下北沢B&B

「IPPO」3巻の刊行を記念してのイベントが開かれました。届いたばかりの「IPPO」3巻を持参して参加してまいりました。お相手はやまだないとさん。お二人ともペンネームが全部ひらがななところが共通点。年齢的には一回り以上離れているのですが、えすとえむ先生が「最初からタメ口」なところが気に入って意気投合し、仲良くなったそうです。

イベントではえすとえむ先生のスペインやイタリア、トルコなど海外で取材された時の写真がたくさん見られました。「IPPO」3巻に登場するナメ革の工場やフィレンツェでピスボークショップを営んでいる日本人・深谷秀隆氏のお店も。取材費用は基本渡航費含めほぼ全て自費で、現地の宿泊費と交通費くらいは編集部が出してくれることもある。編集者が同行してくれると出してもらえるとのこと。「取材をしたものをマンガにしてるのか、マンガの流れは決まっていて、それに沿って細かいところが見たくて取材しているのか」という、ないとさんの問いに「作品のビジョンは見えていて、それに沿ったところを取材し、取材先で聞いた話を作品に反映する」とのご回答。

「IPPO」は最初は澤邑さんのような人が主人公で、編集にダメ出しされて歩になった、とのこと。確かに歩は少年誌の正当派な主人公ですよね。真面目で鈍い…。「ちゃんと少年マンガになっている」と、ないとさんに評価されてました。ないとさん、少年誌・青年誌で描いてらっしゃいましたからね。「IPPO」の方が「Golondrina」よりウケているとのこと(それはつまり、売れているということですね。内容的に考えたら、確かに「IPPO」の方がわかりやすいですからね…)。

「マンガは憧れである。フルオーダーの靴なんて贅沢の極み。だから描く」
「写真を見て描くと、絵としての勢いが死んでしまう」といった言葉が印象的でした。

「毎年5月頃と11月頃の2回くらい、海外に出る。じっとしていられない性格なのに、なぜ(じっと作品を描く)漫画家になったのか」の問いの答。それは旅先であったことをどうやって人に伝えるかを考えたら、マンガが一番良いと思ったから。高校生(都立総合芸術高校)の頃は日本画を学びながらマンガを描いていた。先生に「マンガを描きたいのか、日本画を描きたいのか」と聞かれ、選ばなければいけないもの?と思ったけれど、じゃあというので「マンガを描きたい」と。高校を出た後、旅に出た。その後、当時出来たばかりだったけれど、マンガを学ぶことが出来る大学を選んだ。そこで竹宮惠子先生に出会った。「あなたは絵を描きたいの?マンガを描きたいの?」と聞かれてしまった。マンガを選んだ筈なんですが…と。そこでマンガ表現について考えた。

デビューは大学を卒業して大学院に入ったとき。東京漫画社の編集者に声をかけられ、BLの単行本描き下ろしでデビュー。初めはBLの描き方がわからなかった。見本誌を見せてもらってもわからない。映画なら「バッド・エデュケーション」「モーリス」など見ていてわかる。だから短編映画のように描けばいいと思ってマンガを描いた。短いもの、余韻があるものが好きだが、それでは物足りなくなる人もいる。初の連載は「うどんの女」だった。

「子供の頃、どんなマンガ読んでたの?」との問いに「小学校1年生のときに「ぼのぼの」を読んだ。それまでは絵本を読んでいた。「ぼのぼの」で4コマを知り、次に『りぼん』でコマ割りというものがあることを知った。母が文化女子大学の先生だったので『装苑』を読んでいたり…。ゲーム「ストリート・ファイター」の春麗(チュン・リー)ばかり描いていて、「自分の絵を描きなさい!」と怒られた。ストーリー作りは映画に影響を受けている」とのこと。えすとえむ先生のマンガが私にはとても新鮮に感じるのは、あまり「マンガ」をたくさん読んで、たくさん影響を受けている方ではないからかなとという気がしていましたが、やっぱりそうなのかなという気がしました。

「海外描いて、海外の出版社で作品を発表することは考えてないの?」との問いに「考えてなくはないですが、日本のマンガは幅広くて自由度が高いので」と。当分日本におられるようです。

余談ですが、
「昔はこういう作品描いてるタイプは、あんまりたくさん描かなかったんだよぉ~。なんでそんなにいっぱい描いてるの?」
「いや、私たちの世代、ものすごく描くんで、ぼんやりしてられないんですよ。ヤマシタトモコさんとか、河内遙さんとか、すごいでしょ?」
というやりとりが世代の違いがもろに出ていて、おもしろかったです。確かに、昔のフィーヤンの雰囲気のある作品の人はそうでした。

トークショーの後、サイン会になりました。今回はフィリッポおじいちゃんを描いていただきました。ありがとうございました。
ノンノ・フィリッポ