Golondrina – ゴロンドリーナ – 2

ゴロンドリーナ 2

小学館 2012.11.4 (IKKI COMIX) ISBN978-4-09-188606-4

私には闘牛場に立つ資格が、覚悟が、無い

初めて本物の牛の前に立ったものの、何も出来なかったチカ。そんなチカを、若く有望な見習い闘牛士・ヴィセンテは痛罵する。自分はいったいなんのために闘牛士になろうとしたのか…。
チカの想いは過去に飛び、忌まわしき記憶が甦る。チカは再び牛の前に立つことが出来るのか?


■初出誌:「月刊IKKI」
第7回 padre e hijo…2012年3月号 2012.1.25
第8回 la niña…2012年4月号 2012.2.25
第9回 maría …2012年7月号 2012.5.25
第10回 valor …2012年8月号 2012.6.25
第11回 dolor …2012年9月号 2012.7.25
第12回 el alba…2012年10月号 2012.8.25

自分はいったいなんのために闘牛士になろうとしたのだろうか…?
闘牛場で死ぬために闘牛士になろうとするチカは、若く有望な闘牛士見習いのヴィセンテから「闘牛場をお前の血で汚すな」と釘をさされる。その言葉を聞いて、自分はいったい何のために闘牛士になろうとしたのかをあらためてふり返る。それは、チカにとって忌まわしい記憶を掘り起こすことになる。
チカは両親が5歳のときに別れて以来誰からも顧みられなかった。ようやく見つけたと思ったマリアからも裏切られる。だから「死んだらみんなが自分を見てくれる」それが彼女のモチベーション。だが、本当は「見てくれる」だけではだめなのだと、ヴィセンテからの挑発で気付く。「今の自分の死には価値がない」すなわち「今の自分には価値がない」。だから自分にはもうこの道しかない、自分が一人でまっすぐ立つために闘牛士になるのだ、と主人公が目覚めるのがこの巻のテーマだ。

かつて素晴らしい選手を育てたトレーナーがその選手を死なせてしまい、トレーナーをやめる。彼は身を持ち崩し、妻子にも見捨てられた。自暴自棄の彼がふと出会った若者の情熱によって、再度トレーナーに復帰、若者を鍛え始める…という少年誌のスポ根マンガの王道のような大枠に女性という変種を取り入れた上で、芸術とスポーツの両面をもつ闘牛という競技をそのメンタル面からじっくり描くという組み合わせは成功しているように感じる。著者が闘牛の何に、どんなところに惹かれてこの作品を描こうとしているのか、少しずつ明らかになってきたように思える。こういう地味な描写をしておかないと、これから先登場するであろう華やかな戦いの価値がない。すなわちただのスポ根マンガになってしまうというわけだ。

「火の熱さを知らない人間に、それを説明することができるか?」は「本物の勇気とは何かを知らない人間に、それを説明することができるか?」という意味だが、それは実はスポーツを説明するときに重大なことで、選手経験のある監督とない監督の違いにつながるだろうと、ちょっと脱線して思いついたりした。

チカが復讐したい相手が何故女でなくてはならなかったのか。「マリア」という名前が大事だったのもあるが、チカの幼さも理由にあげられるだろう。男である必然性がない、男だと動機がドロドロし過ぎる、あるいは男に執着するには子供過ぎるということだろうか。青年誌で同性愛を描くのは、少し前までは完璧にタブーだったと思う。クリヤできたのは「きのう何食べた?」くらいからか。今でもあからさまな描写は難しく、曇り眼鏡で見られる可能性がある。女性なので男性どうしよりは良いのだろうが、そういう危険性をおかしてでも、マリアを女性にしておきたかったのは、言葉で充分に説明できないのは私の未熟さ故なのだが、実はよくわかる。

元のイラストの肌色をグレイに落とし、赤を目立たせた装丁デザインが光る。

Golondrina – ゴロンドリーナ – 1
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