クシュラル

クシュラル

祥伝社 2012.11.5 (FEELコミックス) ISBN978-4-396-78325-9
BL度高

「蛇のような男よの」
強大な権力を持つ、オスマン帝国の若き皇帝には ただ1人、思い通りにならぬ男がいた。小姓の教育係の宦官・ユランである。女を抱かない皇帝はただひとりユランに恋い焦がれるが、彼は決して皇帝の身に触れようとしなかった。しかしある日、ユランが小姓を裸に剥いているところを見てしまい―!?
中世から現代まで、宦官×皇帝、兵士×踊り子、高校生×男娼、片恋青年×幼なじみ、の4つの恋を描くトルコ恋情作品集。

■初出誌:「onBLUE」
ユラン[yilan](34p)…vol.5 2012.4.25
クシュ[kuş](45p)…vol.2 2011.5.5
ファーレ[fare](32p)…vol.3 2011.9.5
カルンジャ[karinca](32p)…vol.1 2010.12.10
1800[bin sekiz yũz](16p)…vol.6 2012.7.25
クシュラル[kuşlar](8p)…描き下ろし
トルコ取材こぼれ話エッセイ 東と西の境目をうろうろしてきました。(4p)…vol.2 2011.5.5 

『FEEL YOUNG』を出している祥伝社が季刊のBL専門誌『onBLUE』を2012年年末に出しました。その雑誌の創刊号から開始された各回読み切りの連作短篇集です。トルコをテーマに、オスマン帝国から現代に至るトルコ及びトルコにまつわる場所を舞台にしたものです。おそらく「BL」という以外には特別制約はなかったのではないかと思われ、作者の「描きたい」という想いがストレートに伝わる気持ちの良い作品集となりました。

単行本は発表順ではなく、物語の時系列順に並べられています。中世から現代への時間の流れに沿っていて、「カルンジャ」と「1800」はつながった物語。ラストの「クシュラル」で時代が遡り、「ユラン」の後日譚となっています。自分はトルコについてはオルハン・パムクを少し読んだことがあるくらいですので、このオリエンタルな感じはなかなか新鮮でした。

「ユラン」
オスマン・トルコ帝国時代の物語。宦官というと日本では中国のそれが知られていますが、古代ペルシャやアッシリアなどのオリエンタルの流れを汲み、中世オスマン帝国の宮廷でも活躍していました。宦官は後宮(ハレム)を取り仕切って、政治においても裏で実権を握ることもあったようです。
この物語では宦官であるユランは女后(ヴァリテ)のお気に入りでもあり、一方で宮廷で嫌われてもいます。ユランは「クシュ」で登場するデヴシルメ(徴兵)制度で連れて来られた若者を教育する職務についています。かつてスルタンの息子である王子の教育にもあたっていたのでしょう。王子はユランを好きになったまま、王(スルタン)となりましたが、跡継ぎを作る気がない。望むのはひたすらユランだけ。宦官は“穢れ”の扱いなのか、触れることすら許さない。この身分違いの恋はどうなるのでしょう?という物語です。

「クシュ」
「クシュ」はトルコ語で「鳥」。単行本タイトルの「クシュラル」は「鳥たち」です。「イェニチェリ」はオスマン・トルコ帝国の精鋭の歩兵軍。領域内に居住するキリスト教住民から10代の少年達を強制的に徴収、イスラム教に改宗させ、トルコ語と厳しい訓練を叩きんだ者たちで、身分的には国家奴隷というものでした。
優秀なのに出世欲がなく、鳥を飼うことくらいしかしないイェニチェリの兵士がキョチェク(Köçek 女装した美少年)の踊り子と出会い、故郷の歌を歌うその男に惹かれていくという物語。この単行本の中では一番好きなお話です。おそらくそれは「鳥」を放ったあとの空の広さ、高さが気持ちよくて、なんとも心地よいのです。そういうコマがあるのではなく、物語の広がりから想像できる印象なのですが。飛び立った鳥たちは巣をつくっているのに、イェニチェリの兵士もキョチェクも故郷から離れ、一人で生きていくほかはありません。

「ファーレ」
物語は現代に。イスタンブールの階級格差が描かれます。「ファーレ」は「ネズミ」のことで、ここでは立ちんぼの男娼を指しています。この中では一番BLらしいお話になります。
イスタンブールにはイギリスの大学に進学し、夏は家族で海外旅行に行く裕福な家庭の男の子もいるんですね。ここに出てきた信号待ちや渋滞中に勝手に洗車して小銭をせびるという商売は実際にあるそうです。私自身は花を売ったり、芸を見せたり、という風景はアジアの道路では見たことがありますが、洗車している人は見たことがありません。

iPodに入れた曲はiTunesで管理するので、他のiPodに買い換えたときにも同じ曲を入れることが出来ます。PCで同期するか、直接iPodで購入することももちろん出来ますが、iTunes Storeの同じアカウントなら引き継ぐことができます。「(なくしたなら)新しいのを買え」というお父さんに対して「あれじゃなきゃ意味ない」ということはないのではないかと思った次第です。

「カルンジャ」
発表順で言うと、この作品がシリーズの第1作になります。「カルンジャ」は「アリ(蟻)」です。イスタンブールを蟻塚に見立て、自分たちを“蟻のようだ”と感じる若者たちの物語。カルンジャは少年のあだ名でもあります。ミマールとオルハン(カルンジャ)は隣通しの幼馴染みで、高校生くらいの年齢と思われます。ミマールの父親はかつて母親に暴力をふるう男で、何らかの事情で刑務所に入っていたのですが、刑期があけて戻って来ることがわかります。ミマールの左頬にあるキズは母親への暴力を止めようとして、父親に酒ビンでつけられたもの。父親が帰って来る前にミマールとカルンジャは逃げだそうと、バイクを駆ってイスタンブールから逃げだそうとしますが…。

「貧しさ」がすべて悪いと言ってしまえばそれまでで、おそらくどの国でも貧しい時代、こういうことはあったのでしょう。トルコは今でもそうだということなのでしょう。何故この母親は夫と離婚しないのか、離婚して引っ越しをしないのか。おそらく、この場所を離れたら仕事もなく、息子を育てられない。再び暴力に遭うとわかっていても離れられない。

カルンジャの家庭はおそらく父親がいない。母親の兄か弟が先にドイツに行って暮らしている。この貧しさから逃げ出すには、ドイツに行って働くよりほかない。そういう現実がまだイスタンブールの貧しい地域には存在するのだと教えてくれます。

ハンナ・シグラの映画「そして、私たちは愛に帰る」を思い出しました。

「1800」
この作品が『onBLUE』に掲載されたものとしては、最後の作品になります。「カルンジャ」の哀しいお話に、続きを描いてくれました。タイトルの「1800」はイスタンブールとドイツの1800kmの距離を指します。ドイツと言っても広いので、どこの街かははっきりと描いてありませんが、例えばベルリンに大きなトルコ人街があり、イスタンブール – ベルリン間なら直行便で2時間45分です。羽田 – 那覇間とほぼ同じです。とても近い。
青年になったミマールとカルンジャが登場します。おそらくミマールはなんとか生き延びて仕事をしながら、お金を貯めてはカルンジャに遭いに行っていたのでしょう。カルンジャの親族はドイツで助け合いながら生きて来たのでしょう。もうイスタンブールを知らない2世、3世が育っている。ドイツでトルコ人の移民が増えすぎたことがドイツ人の失業に結びついたと考える排斥運動もありましたが、トルコ人なくしてはドイツ人の生活が成り立たないのも事実です。
ミマールのイスタンブールに対する思いはとても複雑です。つらいことがあっても故郷は良いところだと思う。でもカルンジャとの距離は埋まらない…。
ドイツで事実上の同性婚が認められたのは2001年。外国人とドイツ人との場合も認められていますが、婚姻要件具備証明書などの書類を出すのが国によっては簡単にはいかない面もありますが、少なくとも希望はもてますね。

「クシュラル」
「クシュラル」は「鳥たち」の意味。最初の物語「ユラン」で二人が出奔した後の短い物語。その中で、何故スルタンがこれほどまでユランに固執することになったのか、そのきっかけのようなものが明かされます。スクリーントーンではない、水彩のような、薄墨のような、そんな筆致が目を引きます。作者の作品としてはとても珍しいもので、おそらく新たに挑戦されたのではないかと思われます。
故郷から逃げ出さなくては生きられない二人ですが、お互いがいさえすれば…というラスト。「ファーレ」以外の作品がすべて「故郷」をテーマにしているので、シリーズのラストにはふさわしいものと思えました。